※この文章は、2023年6月14日に開催されたタニア・リー氏の講演内容を要約したものです。同氏のプロフィールと著書の紹介は文末に記載しております。

今日はアブラヤシの栽培について「大企業プランテーション」と「小規模農家」を比較して話をします。形態の異なる二つの栽培主体は、持続可能性や社会正義に対して持つ意味が大きく異なります。このテーマは、私がインドネシアの西カリマンタン州で行った経済人類学の研究が始まりです。この研究はインドネシア、ガジャマダ大学のセメディ教授と共同で行い、「プランテーション・ライフ」いう本にまとめました。

世界中のスーパーマーケットの棚に置かれている商品の半分は、アブラヤシの実から取れたパーム油が使われています。食品ではジャンクフードとよばれる食品に含まれ、化粧品や洗剤にも使われています。世界で生産されているパーム油の85%をインドネシアとマレーシアの二か国で生産しています。インドネシアは生産したパーム油を国内でも消費しています。用途は主に調理用の油、そしてバイオ燃料です。インドネシアのパーム油の輸出の65%はインド向けです。インドは中産階級の人口が急拡大していることから、安く手に入るパーム油の需要が急増しています。インド以外のアジアにおいてもパーム油の需要が非常に高まっています。

(図1)身近な商品に使われているパーム油

私たちの一つ目の研究のテーマは「このパーム油はどこから来ているのか」というものです。

インドネシアの地図の中で赤く示した箇所は、企業がインドネシア政府からアブラヤシの開発を許可された地域(以下、コンセッション)です。スマトラ島、そしてインドネシアのカリマンタン(ボルネオ島)の大部分です。今、パプア島にもプランテーションが広がろうとしています。

(図2)インドネシアの地図、赤い部分は企業に農園開発許可が与えられた地域を示す

下の表は企業によるアブラヤシ農園のコンセッションの面積を示しています。ボルネオ島(カリマンタン)で1,200万ヘクタール、スマトラ島で600万ヘクタール、パプアで300万ヘクタール、全体でプランテーションの面積は2,200万ヘクタールに及びます。この2,200万ヘクタールというのはインドネシアの全農地面積の三分の一にあたります。

(図3)地域別アブラヤシ農園のコンセッション面積(https://chainreactionresearch.com/report/28-percent-of-indonesias-palm-oil-landbank-is-stranded/)

広大な土地が企業によって支配され、そこに住んでいる人々の生活と生計を支配しています。人間以外の種も支配しています。企業の活動がインドネシアの土地、景観を変えています。しかもアブラヤシの開発のためだけに使われています。

大企業がプランテーションを作る時、その土地に生きていた動植物は根こそぎ破壊されます。ですから、私たちが持続可能性や社会正義について語る時、プランテーションの成り立ちについて理解しておく必要があります。

(図4)プランテーション開発のために皆伐された森林

下の地図に示されているのが、私たちが研究しているエリアです。

1995年の段階では、西カリマンタン州にはまだプランテーションはありませんでしたが、政府が開発許可を出していた土地がたくさんありました。それが2010年から2015年の間に次々とプランテーションが作られてこの地域一帯を変えてしまいました。ここに住んでいた住民はどこへ行ったのでしょうか。何をしているのでしょうか。山の中の限られた土地にマレー系やダヤックの先住民族が住んでいます。プランテーションが作れない山奥にしか住む場所はありません。以前は自分たちが使っていた田んぼや畑、ゴム園がありました。今はすべてアブラヤシ農園になってしまったため、土地なしで生きていかなくてはならない状態です。

(図5)グレーの部分は企業にアブラヤシ農園の開発許可が与えられた地域を示す

私の二つ目の研究テーマは「インドネシアのアブラヤシ栽培地域でどのように富と貧困が作られているか」というものです。

企業がアブラヤシ農園を作ったことにより、アブラヤシを運ぶトラック輸送ビジネスを始めて豊かになった人もいます。しかし、土地を奪われて貧困に陥ってしまった住民もいます。企業がプランテーション事業を始めたことにより、新しい不平等が生み出されています。

企業が作ったプランテーションで働いているのは、地元の住民や移住労働者です。地元のマレー系女性は、臨時の日雇い労働者として雇われています。両親は土地を持っておらず、仕事の継続的な保証はありません。仕事の内容は肥料や農薬を撒くことです。重労働で健康に影響を与える可能性がありますが、健康保険は掛けられていません。企業は収穫作業の時、特に移住労働者を優先して雇おうとします。インドネシアの国内の他の地域から、家族を置いて出稼ぎ労働に来ています。単身で働きに来ているので、残業もいとわず家の用事で休むこともありません。企業にとって非常に使い勝手のいい人材となっているのです。

プランテーションでの労働は、時代と共に雇用形態や状況が変化しています。1980年代から90年代にかけては労働条件が悪くありませんでした。夫婦そろって雇用され住宅も提供され、子どもたちの保育所や学校も整備されていました。医療保険や年金などの福利厚生も手当もありました。労働者たちは待遇に満足して良い仕事だと感じていたようです。しかし2000年代以降、労働条件は急速に悪化しました。政府は短期的な契約雇用または日雇いとして労働者を雇うようになります。下請けや非正規の雇用形態がアブラヤシ産業にも採用されるようになりました。

移住労働者は、家族を養っていても単身で働きに来ています。彼らに家族手当は支給されません。地元の女性を雇う際も同様です。このようにして企業は生産コストを削減しています。企業はアブラヤシを収穫から48時間以内に搾油しなければいけないので、効率的に生産するには大きな工場が必要だと主張します。しかし、実態は異なっています。インドネシアでは生産量の2倍の処理ができる工場が整備されています。つまり稼働率は2分の1です。工場が処理できる生産量に合わせるため、より大規模なプランテーションが必要だという理屈を導こうとしていています。これは紙パルプ産業で行われていた理屈と同じです。

アブラヤシをプランテーションで育てる正当な理由はありません。アブラヤシは栽培が簡単な植物で収穫は手作業です。アブラヤシの収穫作業は100年前と同じ方法ですから、広大なプランテーションで栽培しても効率が上がるわけではありません。小規模農家でも良い苗を手に入れて十分な肥料を入れて栽培すれば、面積あたりでプランテーション栽培と同じくらいの収穫量を得ることが可能です。小規模農家にはプランテーションで配置されている管理職や会計職、警備員、またコストがかかるインフラの整備が必要ありません。

アブラヤシの生産量が世界3位のタイでは、小規模農家が全体の80%を生産しています。農家は平均して4ヘクタールの土地でアブラヤシの栽培をしています。輸送や搾油のための設備といった課題はありますが、タイの農家で可能なのでインドネシアでも実践できるでしょう。インドネシアの農家は300年前から世界市場に向けてカカオ豆や、ココナッツ、クローブ、ゴム、アブラヤシを栽培してきた歴史があります。上記の作物は初めプランテーション栽培されていましたが、小規模農家の生産に変わっていきました。小規模農家がこれらの商品作物の生産において優れていたからです。

上記の理由から、小規模農家の栽培は生産性が高く効率も良く、さらに持続可能性や公平性、社会的公正といった観点から見ても企業によるプランテーション栽培より望ましい方法です。企業によるプランテーション栽培は、広大な森林を皆伐して作られます。小規模農家は土地の適性に合わせてアブラヤシやゴム、稲作、果樹といった様々な作物を合理的かつ、効率的な配置で栽培します。プランテーションのように一つの作物を広大な敷地に植えた場合、気候や価格の変動リスク、病害虫の被害によっておこる不作のリスクが多大です。また、2,200万ヘクタールの土地にたった一つの作物しか植えられていない状況は持続可能な栽培方法とは言えません。遅かれ早かれ破綻していく栽培方法でしょう。

企業が栽培に関する認証を得ていても「プランテーション栽培」は持続可能性がなく、公正さに欠けるものです。企業が占領するプランテーションは、村の組織や政府、役人も従属させています。住民の利益は守られません。小規模農家による栽培が完全に各農家の平等性を確保できるわけではありませんが、村に住んでいる住民同士のため、社会的規制が働きます。一部の村人によって土地の占領がなされた場合、村社会の中で自然と規制が働き住民間で持続可能な方向へ向かうでしょう。

アブラヤシの栽培について将来への提案をします。RSPOのような認証制度が作られたことにより企業の支配が強くなりました。認証制度は良い企業と悪い企業を区別しているように見えますが、実際には違います。制度が求めるルールや基準を完全に守っていても、一つの企業が広大な土地を占有します。小規模農家が栽培できる土地を奪っているのです。今後は新たな方向性が求められています。

私の提案は4つです。1つ目は新たなプランテーションを作らないことです。既に2,200万ヘクタールの土地が企業によって開発されています。インドネシアにおいては広すぎる面積です。これ以上増やしてはなりません。2つ目は企業が利用を許可された土地の中で、まだ開発されていない土地を地元の住民に返すことです。3つ目は企業が利用を許可されている土地の利用期限がきた時、自動的に更新されないようすることです。企業は期限が切れる時点で地元の住民がプランテーション経営に満足しているか確認します。住民が企業の経営に不満をもっているのなら新たな合意を結ぶ必要があります。企業によるヤシの栽培を環境的にも社会的にも公正なモデルに変えていく必要があります。4つ目は、小規模農家を支援することです。これはすぐに始められます。小規模農家の栽培は環境的にも人道的にも最も素晴らしい方法であり、合理的にも優れています。小規模農家は6ヘクタールの土地があれば生活していけるとの調査結果があります。2ヘクタールの土地は家族を養っていくため、2ヘクタールは生産にかかわるコストを賄うため、残りの2ヘクタールは将来に対する投資です。農家はアブラヤシをどこに植えたら良いかを知っています。その他にも様々な作物を植えるでしょう。何をどこに植えるのかは農家に任せるべきでしょう。

いまインドネシアで行われていることは、農家の土地を企業や政府が全部奪ってしまうやり方です。企業が農民を雇って借金を負わせて、企業の保有する土地で労働させる方法です。独立した小規模農家が自分たちで決めて、自分たちで栽培していけるようになることが必要だと思います。これこそが社会正義にかなう方法でしょう。

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【講師紹介】
タニア・リー(Tania Li):トロント大学人類学教授。土地、労働、階級、資本主義、開発、資源、先住民性(Indigeneity)をめぐる諸問題について、主にインドネシアにおいて研究。京都大学東南アジア地域研究所の招聘研究員として2023年2月〜7月まで在籍。

【著書】プランテーション・ライフ(Plantation Life)
2021年12月17日発行