The state of human rights disclosure among sustainably certified palm oil companies in Malaysia https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/13642987.2020.1716741
◼️要旨(報告書の冒頭に記載の要旨の和訳):
人権を尊重するという正式なコミットメントを表明する多国籍企業の数が増加している。これは、企業およびそのサプライヤーに対し、人権に関するコミットメントおよび実績の開示を促す、さまざまな政府主導および市場ベースのイニシアチブの高まりに一因がある。マレーシアは世界第2位のパーム油生産国であり、世界中の多くの大手消費財企業に供給している。そのため、マレーシアのパーム油企業は、人権問題への取り組みに関するコミットメントの開示を求める国際市場の要請に従う義務を負っている。本研究では、マレーシアにおける持続可能性認証を受けたパーム油企業16社を対象に分析を行い、これらの企業が人権に関する情報開示を一般的に行うようになりつつある一方で、詳細な説明や実質的な内容に欠けていると主張する。多くの場合、企業は直面している人権リスクや、そのリスクを軽減するために講じている措置、さらに事業活動が関係者に与える影響について開示していない。これは、開示の動機や、企業が人権侵害にどう対処しているかに関する企業の説明責任に懸念を生じさせている。
◼️要約
(主にマレーシアの労働問題に関連する記述をまとめました)
はじめに
- 企業に関連する人権侵害は、グローバル化のなかで国際ビジネスがもたらした重大な負の結果の一つである。国際企業の拡大と、企業に関連する人権侵害の事例の増加を受けて、様々な政府間イニシアティブが、特に国際連合(UN)によって設立・推進されてきた。これらのイニシアティブは、企業に対し、自らの人権に関する責任について透明性を持ち、説明責任を果たすよう促すことを目的としている。これには、2000年に開始された「国連グローバル・コンパクト(UNGC)」、2006年の「国連責任投資原則(UN PRI)」、2011年の「ビジネスと人権に関する国連指導原則(UNGP-BHR)」が含まれる。
- 国際機関主導および市場主導のイニシアティブも存在する。これらは、企業が人権に関する責任を果たし、コミュニティおよび環境に及ぼした社会的・環境的・人権的影響に関する情報を開示することを支援している。これには、経済協力開発機構(OECD)の「責任ある企業行動(Responsible Business Conduct)」やグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)、持続可能なパーム油に関する円卓会議(RSPO)のようなセクター別の認証スキームが含まれる。たとえば、2006年にGRIが発表した「GRIサステナビリティリポーティングガイドライン(第3版[G3])」には、人権情報の開示に関する特定のセクションが含まれている。このガイドラインは、企業がサステナビリティおよび人権のパフォーマンスを開示することを支援することを目的としている。
- 政府間主導、国際機関主導および市場主導のイニシアティブは、企業コミュニティに対して、ビジネス分野における人権アジェンダの形成に影響を与えること、そして少なくとも、企業の情報開示を含むいくつかの手段を通じて企業の説明責任を高めることを目的としている。企業の情報開示は、企業とそのステークホルダーとの間の対話および開かれたコミュニケーションの基礎を提供するものである。企業の人権関連の情報開示は、企業の人権に関するパフォーマンス、デューデリジェンスおよび方針、ならびに人権課題の管理方法に関する情報を提供することを目的としている。このような人権関連情報には、企業の事業運営およびそのサプライチェーンにおける人権侵害といった「悪いニュース」も含まれるべきである。
- 研究者たちは、企業開示が企業の人権に関する説明責任を高めるための最良の手段となり得ると主張している。他の研究者は、企業による情報開示が、企業ブランドを向上させるために「良い行動」を粉飾・誇張するためのプラットフォームとして機能していると論じている。
- マレーシアのパーム油セクターにおいては、情報公開および企業の人権尊重に関する要素を含む認証制度が存在している。たとえば、RSPOの原則および基準(P&C)は、特に基準4.1の下で、加盟企業に対し、人権に関連するリスクおよび課題を管理するための人権方針および行動計画の策定を求めている。RSPO P&C(2018年版)は、すべての方針文書(人権方針および行動計画を含む)を一般に公開することを加盟企業に義務付けている。
- 情報公開に関連して、マレーシアの資本市場の第一線の規制機関であるブルサ・マレーシア (訳註:マレーシアの証券取引所持株会社)は、すべての上場企業に対し、各年次報告書において持続可能性に関する情報開示を行うことを義務付けている。この要件は、ブルサ・マレーシア証券取引所の上場規則[附属書9C、第29項]に基づくものであり、すべての上場企業は、経済的、環境的および社会的リスクと機会に関する情報を年次報告において開示する必要がある。この上場要件は、人権関連情報の開示を明示的に規定してはいないものの、ブルサ・マレーシアが2015年に発行した持続可能性報告ガイドおよびツールキットには、人権関連情報の報告に関する事例研究およびガイダンスが含まれている。これは、すべての上場企業の持続可能性報告に、人権関連情報を統合することの重要性を示している。
- マレーシアのパーム油企業による人権責任の実施をより的確に理解するためには、企業から得られる包括的なデータと情報のセット(人権デュー・ディリジェンスの実施状況、労働者の採用、賃金の支払いおよび社会的給付・補償の提供、雇用契約終了に関連する慣行等の情報)が必要である。しかし、こうした情報は、オンライン上で入手できることはほとんどなく、また、企業のサステナビリティ報告書などの出版物にも報告されていないのが実情である。
- したがって、本研究は、マレーシアのパーム油企業が自社の人権への取り組みとその実績をいかに開示しているか、という点に特化して検証するものであり、人権を実施する企業の責務の実態そのものに焦点を当てるものではない。筆者は、持続可能性認証基準(例:RSPO)の厳格な認証手続きを通じて認証を取得していることに加え、情報公開に関する規制要件および市場からの圧力が存在しているにもかかわらず、マレーシアのパーム油企業は、直面する人権課題の複雑かつ繊細な性質ゆえに、詳細な人権関連情報の開示には依然として消極的であると主張する。企業による人権情報の開示は、企業の人権責任に対する説明責任と透明性をもたらす可能性はあるものの、それが人権問題や人権侵害の実態を反映することを保証するものではない。
- マレーシアでは、企業報告、特に社会的情報の開示は、間接的な政府からの圧力、より広範な市場へのアクセス、そして経営陣上層の高い意識といった複数の要因の影響を受けてきた。海外のビジネスパートナーによって影響を受けているという研究者や、NGOやその他の外部組織からの圧力によるものではなく、企業がビジネス関係を確保し、国内外でより広い市場へのアクセスを得ることが動機となっていると論じる研究者もいる。マレーシアの企業は、政治家の関心を引き、好感を得るために社会的情報を開示している。この傾向は、政府系企業において特に顕著である。
企業の情報開示状況の評価手法
- 評価項目:人権情報の開示状況を測定するため、「原則」「行動」「人権テーマ別」の合計20の開示指標を策定している。そのうち「原則」と「行動」の12項目はUNGP-BHRに基づく。「人権テーマ別」の8つの指標は、企業の責任に関連するさまざまな人権および労働基準に基づいており、児童労働の禁止から先住民族および障害者の権利の尊重までを網羅している。

- 企業の開示実践レベルの評価:①詳細な開示、②指標に関する最小限の開示または簡単な記述、③人権に関する開示が一切ない。
- 評価対象:RSPO認証を受けているマレーシアのパーム油企業16社。その大多数(94%、すなわち14社、2019年10月時点のデータ)は、MSPOにも認証されている。16社はいずれも上場企業であり、経済的、社会的、環境的リスクと機会に関する要素を記載した年次報告書の公表義務を負っている。
調査結果
人権尊重の原則に関する情報公開について
| ①詳細な開示 | ②最小限の開示 | ③開示なし | |
| P1:人権尊重へのコミットメントを明確に表明している | 10社(62.5%) | 4社(25%) | |
| P2:人権尊重へのコミットメントは、国際的に認知された宣言・基準を反映している | 10社(62.5%) | 6社(37.5%) | |
| P3:自社の事業活動に適用されるすべての法律、規制、および政策を遵守するというコミットメントを明確に表明している | 16社(100%) |
- 人権に対するコミットメントは、多くの場合、サプライヤーやビジネスパートナー、自社の労働者、先住民族や地域コミュニティを含むすべてのステークホルダーを対象としている。たとえば、企業[7]は次のように報告している「すべての労働者、請負業者、先住民族、地域コミュニティ、ならびに当社の事業によって影響を受けるすべての人々について『世界人権宣言』を支持・推進する」
- 企業は、企業による人権尊重が市場主導の要件となりつつあることを認識している。人権尊重のコミットメントを表明しないことは、グローバルな産品サプライチェーンにおけるビジネス上の地位を危うくする恐れがある。企業[9]は次のように強調している:「人権および地域コミュニティの福祉の重要性……。これは、世界中の消費者から業界が今後も受け入れられ続けるために必要不可欠なコミットメントであると考えている。当社は、事業を展開するすべての場所において人権の保護と促進に取り組んでいる。当社独自の人権方針は、安全と健康、責任のある環境管理、人々への敬意という中核的価値に基づいている」
- 人権尊重へのコミットメントを表明する企業は、しばしばそのコミットメントを、商業活動を通じた持続可能な開発目標(SDGs)達成への貢献と結び付けている。たとえば、企業[4]は次のように開示している「SDGsの包括的アプローチを支持している。農業、特にパーム油が当社の中核事業であり、当社の製品とイノベーションによって、これらの目標への貢献が可能となっている」同様に、企業[10]は次のように強調している:「商業的な目標は、SDGsへの強いコミットメントなしには追求できないと考えている」企業のおよそ25.0%は、人権へのコミットメントを簡潔に表明するにとどまり、それ以上の説明を加えていない。これらの企業はまた、そのコミットメントを国際的に認知された宣言や基準(世界人権宣言や各種ILO条約など)と関連付けたり、言及したりしていない。
- 企業の約12.5%は、RSPOおよびMSPOの会員であるにもかかわらず、人権を尊重するとのコミットメントを一切表明していない。これらの企業の報告書には「人権」という語が一切記載されていない。明確な人権尊重のコミットメント表明なしに、どうやってRSPOおよびMSPOが与えられているのか疑問である。
人権尊重に関する行動についての情報公開について
| ①詳細な開示 | ②最小限の開示 | ③開示なし | |
| A1すべての関連ステークホルダーに対する自社のコミットメントと期待を明確に表明する人権方針またはプロセスを有している。 | 10社(62.5%) | 3社(19%) | 3社(19%) |
| A2自社の事業運営に対する人権への影響を防止・軽減するための進捗状況を報告している。 | 4社(25%) | 4社(25%) | 8社(50%) |
| A3自社のサプライヤー、パートナー、その他のステークホルダーに対する人権への影響を防止・軽減するための進捗状況を報告している。 | 4社(25%) | 3社(19%) | 9社(56%) |
| A4人権デュー・ディリジェンス、または人権リスクの特定・防止・軽減に関する何らかの取組を行っている。 | 4社(25%) | 6社(37.5%) | 6社(37.5%) |
| A5人権へのコミットメントを実施するために、独立した外部の人権専門家を関与させている。 | 5社(31%) | 3社(19%) | 8社(50%) |
| A6サプライヤーが企業として人権尊重を実施するための支援または関与を行っている。 | 4社(25%) | 7社(44%) | 5社(31%) |
| A7潜在的に影響を受けうるグループ・労働者・コミュニティ・その他の関連ステークホルダーとの対話・関与を行い、企業として人権尊重を実施している。 | 6社(37.5%) | 8社(50%) | 2社(12.5%) |
| A8 社内の苦情処理メカニズムを提供している、または直面している苦情・問題を報告している。 | 8社(50%) | 8社(50%) | 0 |
| A9 社外の苦情処理メカニズムを提供している、または直面している苦情・問題を報告している。 | 2社(12.5%) | 2社(12.5%) | 12社(75%) |
- 圧倒的多数(81.3%)の企業が、すべての関連ステークホルダーに対する自社のコミットメントと期待を明確に表明する人権方針またはプロセスを有している。いくつかの企業は、より詳細な説明を含む単独の人権方針文書を作成しており、そこには方針の適用範囲、実施スケジュール、サプライヤーやビジネスパートナーに提供するさまざまな支援的取組が記載されている。
- 人権尊重のコミットメントを明確に表明している企業は、自社および自社サプライヤーの事業運営において人権尊重の実施と、進捗状況の定期的な更新が必要である。にもかかわらず、自社の事業運営における進捗について詳細に説明している企業は、わずか25%にとどまっている。例えば、企業[4]は、移民労働者の倫理的なリクルートメント(採用)における労働基準の改善計画について報告している。同社は、労働タスクフォースをまもなく設立し、(i)契約業者および採用業者に対するデュー・ディリジェンスの実施、(ii)採用手数料構造の見直し、(iii)労働者に対する生活賃金の導入に取り組むと公表している。企業[13]は、2018年末時点において、自社の独立系国内契約農家および小規模農家のうち6件の農家に対して、人権尊重などの評価を実施したことを報告している。
- UNGP-BHRは、企業がリスクや救済措置を理解・評価するために、人権デュー・ディリジェンスが重要であることを強調している。人権デュー・ディリジェンスに含まれるべきプロセスとしては、実際および潜在的な人権への影響の評価、評価結果の統合と対応、対応の追跡、影響への対応方法に関する情報開示、が挙げられる。しかし、人権デュー・ディリジェンスを実施していると報告したのはわずか25%であった。約37.5%の企業は、人権デュー・ディリジェンス、または人権リスクの特定・防止・軽減に関する何らかの取組を実施する計画や意図を表明していた。
- 人権への影響を特定する能力には、侵害の根本原因や傾向を理解・分析する専門的知識が必要である。企業にとってのリスクと、権利保持者にとってのリスクの両方を見極める能力も必要である。したがって、独立した人権専門家の関与は、企業が人権へのコミットメントを実行する上で極めて重要である。しかし、独立した人権専門家を関与させていると報告した企業は、31.3%にとどまった。これらの企業は、協力(内部の人権方針策定、トレーニングの実施、労働状況の評価など)を得た専門機関の名称なども開示していた。約18.8%の他の企業は、人権専門の団体と協力していることを報告したものの、当該団体の詳細については明かしていなかった。
- 人権責任の履行においては、特に中小規模の農園、栽培者、小規模農家にとって、リソースや能力の不足が大きな障害となっている。したがって、意識向上、研修、能力構築および人権施策の実施に向けた支援をサプライヤーに提供する責任は、大企業が率先して担うべき責務である。しかし、サプライヤーとのエンゲージメント活動について具体的に報告していたのは、わずか4分の1(25%)にとどまった。例えば、企業[11]は以下のように報告している「2016年12月、当社はサプライヤーとともに、パーム油業界における労働問題について議論するためのワークショップを開催した。議論の主なテーマは、外国人労働者に対して請負業者や労働供給業社が母国で手数料を請求することの禁止、雇用主や請負業者による外国人労働者のパスポート保持の禁止、そして職場における児童の存在に関する問題であった」。企業[13]は以下のように報告している。「当社は、小規模な契約農家がRSPOおよびMSPO認証を取得するための支援として……無料の技術支援を行っている。これらの支援にかかるコストは、1事業者あたり推定20万リンギットに上る」
- 企業は自社の事業活動によって影響を受ける可能性のある個人や地域コミュニティを特定し、彼らとエンゲージメントを行う必要がある。このエンゲージメントは、新たな活動や投資の前、重大な経営判断の前、または事業運営に変更が生じた際など、定期的に実施されるべきである。実施できない場合は、企業は代替策として、人権専門団体や人権擁護者への相談を検討すべきである。既存の研究では、マレーシアの企業は、労働者や地域コミュニティとの関与を、しばしばCSRの一環、あるいは慈善活動と捉えていることが示されている。本研究においても、地域社会との関与を「責任」ではなく「選択肢」と見なしている企業が存在することが確認された。人権尊重の実践におけるステークホルダーとの関与について詳細に情報を開示していたのは、わずか37.5%であった。
- すべての企業が社内の苦情処理メカニズムに関する情報(詳細および最小限の情報)を提供している一方で、外部の苦情処理に関する情報を開示している企業は非常に少なかった。
人権テーマ別の情報開示
| 以下へのコミットメントを明確に表明している、またはその進捗を報告しているか? | ①詳細な開示 | ②最小限の開示 | ③開示なし |
| (T1)児童労働を禁止すること | 10社(62.5%) | 3社(19%) | 3社(19%) |
| (T2)強制労働、債務労働およびいかなる形態の人身取引を禁止すること | 9社(56%) | 3社(19%) | 4社(25%) |
| (T3)労働者の結社の自由および団体交渉権を尊重し支持すること | 10社(62.5%) | 3社(19%) | 3社(19%) |
| (T4)すべての労働者に対する機会均等および非差別を尊重し支持すること | 10社(62.5%) | 4社(25%) | 2社(13%) |
| (T5)すべての労働者に対して最低賃金または生活賃金を提供すること | 9社(56%) | 6社(37.5%) | 1社(6%) |
| (T6) 安全かつ健康的な労働環境を提供すること | 15社(94%) | 1社(6%) | 0 |
| (T7) 会社は先住民族の権利を尊重し支持すること | 9社(56%) | 6社(37.5%) | 1社(6%) |
| (T8) 障害者の権利を尊重し支持すること | 0 | 6社(37.5%) | 10社(62.5%) |
- 大手パーム油企業においては、以下のような特定の人権テーマに関するコミットメントを表明することが一般的である:(i)児童労働の禁止;(ii)強制労働の禁止;(iii)結社の自由および団体交渉権の尊重;(iv)機会均等および非差別の尊重;(v)最低賃金の提供;安全で健康的な労働環境の提供;(vi)先住民族の権利の尊重。 これらの人権テーマに関しては、大多数(56%〜94%)が、詳細にあるいは簡潔にコミットメントを表明している。
- 強制労働、債務労働、人身取引の禁止に関する方針を明確に表明している企業は、全体の半分程度だが、これらの企業の一部は、強制労働の発生を防止するための現在進行中の取り組みや行動計画について、具体的な情報を開示している。
- 健康および安全の問題は、マレーシアの多くの企業にとって言説的かつ規制上の優先事項である。すべての企業(100%)が、安全かつ健康的な労働環境の確保に関するコミットメントを開示している。そのうち約93.8%の企業は、安全と健康に関するさまざまなプログラムや適切な手続きについて詳細に開示している。
- 障がい者の権利を尊重し擁護することへのコミットメントについては、報告が著しく少ない。マレーシアは、国連の「障害者の権利に関する条約(UN CRPD)」の署名国となったにもかかわらず、企業の理解が及んでいない。障がい者の権利を尊重する旨を簡潔に開示している企業でさえ、その表現はしばしば非差別や平等といったより広範な枠組みの中にまとめられている。たとえば、企業[7]は「当社の企業文化は、組織内の人々の多様性を受け入れ、民族、宗教、性別、国籍、出自、無関係な身体的または精神的障がい、婚姻状況、性的指向、性自認を含むあらゆる形態のハラスメントのない、快適な職場と環境を促進しています」と表明している。
マレーシアにおけるパーム油企業の開示内容に関する詳細なテキスト分析から導き出された重要なポイント
- 報告形式:サステナビリティ報告を年次報告書とは別に発行する企業は、自社のコミットメント、計画、パフォーマンスに関して詳細な情報を報告することが期待される。しかし、サステナビリティ報告書を発行しているかどうかが、人権情報の開示が十分か否かを決定づけるものではなかった。たとえば、企業[10]はサステナビリティ報告書を作成しているにもかかわらず、人権に関する情報開示は最小限にとどまっている。実際、同社は強制労働および児童労働を禁止するコミットメントや、結社および団体交渉の権利を尊重するという姿勢を明示していない。一方で、企業[1, 6, 8, 10]のようにサステナビリティ報告書を発行していない企業であっても、その人権に関する開示内容は、サステナビリティ報告書を発行している企業と比較して、はるかに十分かつ詳細であった。
- 開示の質:企業による情報開示の質を定義し、定量化しようと試みた研究も存在する。たとえば、HabekとWolniakは、企業開示の質を「情報の関連性」と「信頼性」の2つの要素に分類・定義している。「関連性」に関する11の評価基準:サステナビリティ戦略、ステークホルダー、目標、時間の経過に伴う傾向、パフォーマンス、改善措置、事業プロセスとの統合。「信頼性」に関する6つの評価基準:読みやすさ、報告原則、データの質、ステークホルダーの結果、フィードバック、検証。
- 本研究では、開示の質に関連して、以下の共通の傾向が観察されている。
- 人権課題やテーマに関する情報開示において標準的な指標が欠如している。たとえば、一部の企業は人権に関する情報を広範に開示しているが、児童労働や強制労働などの特定の人権テーマには言及していない。一方で、別の企業は、結社の自由、機会均等と非差別の権利、児童労働および強制労働の禁止など、特定の人権テーマに基づいて情報を開示している。このような開示の傾向は、将来的に企業全体の人権情報開示の実践およびパフォーマンスを測定する努力を複雑化させることになる。
- 外部ステークホルダーとの協力およびパートナーシップに関する情報の開示が少ない。人権分野における協力について詳細な情報を開示している企業はごくわずかであった。その他の企業も、社会的(および人権)実践を改善する目的で複数のNGOや第三者専門機関との協力を行っていると報告しているが、具体的なプログラムや協力先の組織名を開示していない。NGOとのパートナーシップに関する情報開示における透明性は、非営利組織と企業が協働して社会および人権問題に取り組むための連携を促進する優れたビジネス事例となる。こうした協力は、企業にとって社会的影響への理解を深める助けとなり、NGOにとっても、企業の人権尊重に関する取り組みを拡大し、企業変革を推進するために活用できるものである。
- 自社の価値観や取り組みを、SDGsの達成に貢献するものとして情報開示することが一般的な特徴となりつつある。しかし、これらの企業は、自社の価値観やコミットメントとSDGsとの関連性を開示しているものの、SDGsが自社の経営戦略にどのように組み込まれているかに関する情報は一切開示していない。
- 先行研究では、マレーシア企業の大部分は、NGOや第三者からの圧力に応じて社会的・環境的情報開示を行っているわけではないとされてきた。実際、多くの企業にとって、社会的・環境的情報開示を促す主な動機は、政府やグローバルな買い手からの間接的な圧力やインセンティブであった。しかし、本研究では、一部の企業が、人権実務の改善および情報開示の動機として、NGOからの問題提起に対応するためであると明確に述べていた。たとえば、企業[10]は「リスク管理および問題の緩和は、NGOによる攻撃への対応を意図したものである」と述べている。このように、NGOや監視団体から提起された人権課題に対応しようとする努力が見られる企業もあるが、その救済計画やパフォーマンスに関する情報開示は弱く、NGOの要求や期待に十分に応えていない。また、他の情報開示の動機としては、RSPOやMSPOなどの持続可能性認証制度の遵守およびその会員資格を維持することを複数の企業が報告している。
- 透明性:これは、さまざまな形で評価され得る。その一例として、NGOや監視団体によって提起された人権問題に対応するための企業の行動計画および進捗状況を共有することや、RSPO主導の苦情処理プロセスのような苦情受付プラットフォームを通じて透明性を確保することが挙げられる。本研究では、事業の一部において非正規移住労働者を雇用しているリスクを開示した企業が1社確認された。当該企業[11]は、特にマレーシア東部(サバ州)における一部の事業で非正規移住労働者を雇用している可能性およびそのリスクを認識していた。非倫理的な採用および雇用慣行のリスクへの対応として、企業[11]は影響評価を実施したことを開示し、自社の業務における非倫理的雇用慣行を是正するための短期および中期の行動計画を提示した。同社はまた、非倫理的な採用および雇用慣行を自社の事業だけでなくサプライチェーン全体から排除することへのコミットメントを表明した。
- 人権に関する情報開示はCSR報告の重要な要素である。特に多国籍企業の間で、人権問題に特化した包括的な報告書が新たな傾向として見られる。過去の研究では、人権問題に特化した包括的な報告を行うことが、企業の説明責任を向上・強化する最良の方法であると論じられている。しかし、本研究では、多くの企業が人権に関する責任(例えば、強制労働および児童労働の禁止)をCSRおよび慈善活動と関連づけて開示していることが明らかになった。これにより、企業の経営陣の間で、人権および労働権の義務の履行は選択的なものであり、既存のCSRや慈善活動に対する付加価値であるという印象を与えることとなる。例えば、企業[8]は報告書の中で、2017年には経済状況の悪化およびCSR関連資金の制約により、従業員のエンゲージメントおよび意識向上プログラムを継続できなかったと開示している。同社はさらに、不確実なパーム油市場の中で、貴重な時間とリソースをより重要であると判断した財務実績とブランド強化に注力したと報告している。このような誤解は、是正されない限り、企業がビジネス分野において人権を尊重する責任を果たすことを促す上での障壁となり続けるであろう。
- 調査対象となったすべての企業がRSPOの会員であり、またRSPOがパーム油セクターにおいて最も信頼されている国際的に認知された持続可能性基準であると見なされていることを踏まえ、「RSPOは加盟企業の人権情報開示をどのように促進しているのか」という問いについて論じる。RSPOの原則および基準(P&C)は、世界人権宣言などの国際人権条約・協定と整合性のある、比較的よく構造化された包括的な人権基準(特に人権擁護者の保護(基準4.1)、土地および慣習的権利(基準4.4)、強制労働および人身取引労働の禁止(基準6.6)に関する条項など)が含まれている。本調査の対象となった16社すべてはRSPO認証を受けているため、すでに人権情報開示の目的に使用できるような、十分に構造化された情報を保有しているはずである。しかし、RSPOの認証プロセスを通じて収集した情報を人権情報開示に活用していない企業が多数存在した。実際、依然として一部の企業は、特定の人権テーマについて開示を行っていない。たとえば、児童労働の禁止について開示していない企業が3社、強制労働および債務労働の禁止について開示していない企業が4社、結社の自由および団体交渉権について開示していない企業が3社、機会均等および差別禁止の推進について開示していない企業が2社、障害者の権利尊重の誓約について開示していない企業が10社存在する。認証制度は、企業の取り組みに一定の好影響をもたらしてきたことは否定できないが、失敗を見過ごす余裕はもはやない。実際、RSPO認証を受けた企業の中にも、人権侵害に関与し続けている企業が存在する。このことは、まだ多くの取り組みが必要であることを示している。少なくとも、今後、認証プロセスと定期監査がいかにして企業の人権情報開示に付加価値をもたらし、また情報開示を促進することができるのかについては、さらなる議論と検討が求められる。
- 大企業によるリーダーシップが、自社サプライヤー(多くは中小規模のパーム油関連企業)に対して価値観の共有と人権の事業運営への統合を促す上で不可欠である。大企業はまた、自社サプライヤーが人権原則に沿ったビジネス慣行を採用することを妨げている障壁の存在を十分に認識している。そのため、大企業のリーダーシップが、サプライチェーン全体における業界変革を主導・推進する上で求められている。本研究では、パーム油業界におけるリーダーシップに関する有益な情報を開示している複数の企業が確認された。今後は、RSPO認証を受けた企業に限らず、より多くのパーム油関連企業が、それぞれのバリューチェーンや地域においてリーダーシップを発揮することが期待される。同時に、資源と専門知識がバリューチェーン全体で共有されるような共通のプラットフォームの確立が求められている。
結論
- 企業の情報開示を導くための報告枠組みは多数存在するものの、実際には人権情報を報告する際の共通基準は存在しない。人権に関する責任をRSPOのような市場ベースの取り組みに関連づけている企業もあれば、SDGsやUNGP-BHRといった政府間の自主的イニシアティブに結びつけている企業もある。人権が企業の公開報告において一般的な要素になりつつあるとはいえ、その多くは実質性や具体性に欠けている。多くの場合、企業は人権デューデリジェンスの実施、詳細な行動計画とその進捗状況、サプライヤーや他の専門組織との連携の詳細などに関する情報を開示していない。
- 一部の企業は詳細な人権関連情報を報告しているものの、その内容はポジティブな影響を強調していることが多い。企業は、人権上のリスク、受け取った苦情、および人権侵害を緩和するために講じた措置に関する情報を開示していない。このため、企業の開示の動機や、人権侵害に対応する責任に関して懸念が生じている。具体的な人権テーマに関しては、企業の大多数が安全衛生に関する詳細な情報を開示している一方で、障害者の権利に関する情報はほとんど開示されていない。