原文:“The outbreak of Covid-19 in Malaysia: Pushing migrant workers at the margin”
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2590291120300620
◼️要旨(報告書の冒頭に記載の要旨の和訳):
シンガポールや湾岸諸国などマレーシア以外の国での経験から、不安定な生活環境および不十分な医療アクセスがCOVID-19の急速な感染拡大に大きく寄与していることがわかっている。感染拡大の曲線を平坦化するための国家政策および対策には、移住労働者が直面している問題について十分な考慮が必要である。これには、移住労働者の基本的ニーズの充足、福祉の保証、および労働基準の遵守が含まれる。マレーシアでは、COVID-19の発生以前から、移住労働者はすでに狭く過密な労働者用宿舎および不衛生な環境で生活しており、医療へのアクセスも不十分であった。この状況は労働者保護の欠如によってさらに悪化していた。マレーシアにおける活動制限令(MCO) の実施と、移住労働者が置かれた状況への政府の対処方法は、移住労働者のすでに不安定な生活・労働条件に大きな悪影響を及ぼしている。これには、2020年5月以降に移住労働者の間で確認されたCOVID-19陽性例の増加も含まれる。
本調査は予備的なものであり、さらなる詳細な研究に向けた初期的な知見を得ることを目的として、既存の二次資料を活用している。本調査は最後に、COVID-19封じ込め対策を法的義務とすること、ならびに非正規の移住労働者の移住資格を合法化するための全国的な正規化プログラムを実施することなど、いくつかの短期的政策に関する提言を行う。
◼️概要:
マレーシアの移住労働者の状況
- 移住労働者という用語は一般的に、非熟練労働で低賃金を稼ぐ移住者を指す。
- 移住労働者には、有効なパスポートと労働許可証を持つ「正規移住労働者(documented migrant workers)」、それらを持たない「非正規の移住労働者(Undocumented migrant workers)」がある。
- マレーシアは移住を一時的な手段、国内の労働力不足に対する短期的な解決策とみなしている
- 18歳〜45歳の移住労働者は、短期雇用のためにマレーシアに入国することが許されているが、労働市場への参入を規制する様々な制限がある。例えば、移住労働者が労働市場に参入できるのは、製造業、農業、プランテーション、建設、鉱業、サービス業など、6つの特定分野のみである。制限に従わない場合、移住労働者は法的地位を失う可能性がある。
- 移住労働者は労働力(非正規の移住労働者を含む)の最大30%を占める。移住労働者に関する既存の推計はさまざまで、正規移住労働者(2019年6月現在で約200万人)と非正規移住労働者(100万人〜350万人)の両方からなる300万人〜約550万人まで幅がある。
- マレーシアの移住労働者の多くは低開発国や発展途上国出身であり、より良い生活の機会を求めて海外へ出ている。マレーシア経済の生産性を維持・向上させ(長時間労働に対する意欲と能力、あらかじめ決められた雇用主を変えることが禁止されていることなどによる離職率の低さによる)、運営コストを削減する(低賃金)ための不可欠な要因となっている。
- 製造業、サービス業、建設業、プランテーション業などのセクターは、輸出志向型・労働集約型産業である。これらの部門は、低賃金に大きく依存しているが、企業の労働要件を満たすために、低技能や半技能の移住労働者が従事していることがある。移住労働者は一般的に、地元の労働者から敬遠されることが多い、汚く、危険で、困難な仕事(3D)に雇用されている。労働力不足が移住労働者を雇用する主な理由となっている。
- 移住労働者が直面する労働搾取:パスポートなどの身分証明書の不法な没収、賃金の不払い、労働者の移動の自由や結社・団体交渉の権利を制限する慣行など。
- マレーシアの移住労働者の管理は、特にパンデミックの最中に批判を受け続けた。これには、製造業における移住労働者の搾取疑惑が含まれ、特にゴムと手袋の製造業では、労働者はしばしば職場(ゴム工場)内の高熱の中で、過度の長時間労働を強いられていたとされる。職場における社会的距離の慣行や、労働者宿舎の不衛生で過密な生活環境についても懸念が提起された。
COVID−19パンデミックと移住労働者に対する政府の対応
- マレーシア政府は、2020年3月18日に活動制限令(MCO)を実施し、陽性患者数は2020年4月と5月に減少に転じた。2020年3月から8月までに、4回のMCO、1回の条件付き活動制限令(CMCO)、1回の回復活動制限令(RMCO)を実施している。
- 最初のMCOが発表されて以来、基幹産業を除き、すべての経済活動に営業停止命令が出された。2020年6月10日以降、経済の大半の部門は、定時勤務を含むフル稼働が許可されている。
- パンデミックの過程で、一般市民の間で非マレーシア国籍者、特に難民や庇護を求める人々に対する否定的な感情や不安感が高まった。
- 移住労働者に関わる問題への対応において、政府機関間の調整および一貫性が欠如していた。例えば政府は当初、非正規の移住労働者を逮捕・拘留しないことを確約した。しかし、2020年5月に始まった一連の大規模な強制捜索で、女性や子どもを含む数千人の非正規労働者や難民が検挙され、移住収容センターに収容された。
- 2020年3月、政府は賃金補助プログラムを発表したが、移住労働者は対象から除外されている。
- 政府は、2020年4月1日から2020年12月31日の間に許可証の有効期限が切れる移住労働者の雇用主に対して、徴収手数料を25%減額することを決定した。
マレーシアの移住労働者が直面する問題と課題
- 強制捜査が、非正規の移住労働者に恐怖を植え付けている
強制捜査は、非正規の移住労働者を潜伏させる原因となっている。非正規の移住労働者は、逮捕を恐れて働くことができず、COVID-19検査を受けられない。
- 移住者収容センターがCOVID-19のホットスポットになりつつある
2020年5月25日の時点で、2000人以上の非正規の移住労働者が強制捜査で逮捕され、さまざまな移住収容センターに収容されていた。逮捕者増加による社会的距離の欠如は、多くの拘置所における既存の劣悪な保健制度と衛生習慣と相まって、COVID-19の発生リスクの増大につながるおそれがある。全国で逮捕・勾留されている非正規移住労働者の合計数は不明。
- 移住労働者はハイリスク州に集中している
2020年6月時点で陽性症例数が最も多かった上位5州のうち4州は、移住労働者が集中するホットスポット州であった。
- 移住労働者の間でCOVID-19陽性症例が増加している
COVID-19の全体的な症例数が減少する中、新たな陽性症例の数は、特にマレーシア国民以外の間で著しく増加した。その大多数は移住労働者であった。
- 所得の減少・喪失、失業、非正規状態
2020年3月〜6月、雇用主は総労働力の50%以下に人員を制限するよう指示されていた。この期間、特に日雇いおよび出来高払いの移住労働者は、就労を許可されなかった。一部は最小限の日数だけ働くことを許された。これにより、労働者の月収が著しく減少するか、完全に喪失した。多くの移住労働者が雇用主によって就労を許可されておらず、またMCO導入以降、雇用主から連絡がないと報告している。就労許可は雇用主によって毎年更新される必要があるため、非正規状態に陥るリスクが生じている。
- 食料供給の不足と飢餓のリスク
食料供給の不足は、次の三つの状況に見られる。①特に都市中心部の外や遠隔地に住んでいる移住労働者は、長時間の道路移動や、営業時間の短縮により、食料へのアクセスが制限されていた。また、移住労働者に対して地元業者が過度な価格を課しているという報告が増加している。②特に適切な移動・就労書類を持たない移住労働者は、隠れ場所から外出して食料を得ることを恐れている。③EMCOが課された地域に封鎖された移住労働者に対しては、食料支援が配布されなかった。
- 社会的距離の欠如と不衛生な生活環境
マレーシアの移住労働者は、すでに過密な住環境で暮らし、水道・電気・衛生用品の不足などもあって、社会的距離の確保や衛生管理が不可能な状態に置かれている。こうした状況は、新型コロナウイルス(COVID-19)感染リスクを高めている。政府は建設業などの業種向けに、労働者の住居や交通手段、検査体制に関するガイドラインを発表しているが、遵守は雇用主の裁量に任されている。
- 情報およびコミュニケーションの障壁
多くの移住労働者は、マレー語・英語を読むことも理解することもできないが、COVID-19関連の情報資料は、マレー語・英語で作成されている。
- 労働者の権利侵害が蔓延している
パンデミックの過程で、労働権の侵害および搾取が増加しているとされている。典型的な労働権侵害として、不当解雇、未払い賃金、劣悪な居住環境などがある。
政策提言
- COVID-19の予防および封じ込め措置を雇用主の法的義務とすること
- 非正規の移住労働者に対する特別な正規化および再雇用プログラムを実施すること
- 最も脆弱かつリスクの高いコミュニティに対し、情報発信および人道支援を先導・調整するためのタスクフォースを設立すること
- 公的報告体制を強化すること
- 移住収容センターへのアクセスを提供し、人道支援および医療処置を監視・実施できるようにすること