お役立ち情報詳細

お役立ち情報詳細

先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)に関するビジネス参照ガイド

コフィー・アナン国連事務総長(当時)が提唱し、現在、全世界で12000以上、日本で221の企業・団体が加入している企業イニシアティブ「グローバル・コンパクト」では、人権、労働、環境、腐敗防止に関する10原則を守ることを加盟企業の経営陣が確約し、様々な取り組みを行っています。2007年に国連総会で「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が採択され、2011年に国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」(通称「ラギー原則」)が承認されたことを受けて、グローバル・コンパクトに関わる中心的な企業の間で、企業による先住民族の人権尊重のためのより具体的なガイドの必要性について議論されるようになりました。1年半に及ぶ各国の先住民族を含むマルチステークホルダー・プロセスとパブリックコメントにより「Business Reference Guide to the UN Declaration on the Rights of Indigenous Peoples」(先住民族の権利に関する国際連合宣言(UNDRIP)に関するビジネス参照ガイド、(以下「UNDRIPビジネス・ガイド」)が2013年にまとめられました。

 

パーム油産業は、面積当たりの高い収穫量で急増する発展途上国の食用油脂の需要を満たし、私たちの消費生活を豊かにする傍らで、広大な森林破壊、そして森に依存する先住民族の人権侵害の原因にもなっています。このためパーム油の流通、加工、消費に関わる企業およびパーム油産業に投資する企業が取引先や出資先の人権対応状況の評価と改善の働きかけに「UNDRIPビジネス・ガイド」を活用することが有効です。

 

「UNDRIPビジネス・ガイド」第1部では、グローバル・コンパクト原則1:「人権擁護の支持と尊重」で提唱されている人権デュー・ディリジェンスなどを先住民族の権利を尊重する形で実施する方法について説明しています。第2部では、国連先住民族権利宣言の各条項を遵守するための手引きと成功事例が紹介されています。

 

UNDRIPで謳われている先住民族の最も特徴的な権利である「民族の自己決定の権利」と「自由で事前の十分な情報に基づいた同意」(free, prior and informed consent、FPIC)の権利に関して常に配慮することが当ガイドで強調されています。 つまり、先住民族は、先祖代々暮らし続けてきたテリトリーに対する主権を有し、その土地や資源に影響を及ぼす事業を受け入れるか拒否するかを自らの意思で決める権利があるということです。具体的には、次のステップを踏んで「人権擁護の支持と尊重」に取り組むことが勧められています。

 

  • 先住民族の権利を尊重することを確約する(単独の、もしくは全般的な人権方針の一部としての)正式な方針を採択し、実施すること。
  • 先住民族の権利に対する実際的もしくは潜在的な悪影響を評価するための人権デュー・ディリジェンスを実施し、その所見の全社的な統合と是正措置を図り、実績の調査と対外的な報告を行うこと。
  • 先住民族とその権利に影響を及ぼし得る全ての事柄に関して先住民族と誠意ある協議を行うこと
  • 国連先住民族権利宣言の精神に則り、先住民族の権利に影響を及ぼす事業に関して、先住民族の自由で事前の十分な情報に基づいた同意(FPIC)を得ることを確約すること。
  • 先住民族の権利への悪影響を是正するための正当なプロセスを確立するか利用すること。
  • 実効性があって文化的に適切な苦情処理メカニズムを確立するか利用すること。

 

1)方針の策定

 

先住民族の権利を尊重する方針の策定に際しては、ビジネスと人権に関する指導原則16に則った形で、先住民族権利宣言と「自由で事前の十分な情報に基づいた同意」の権利の尊重を確約し、先住民族や人権専門家を関与させ、リスクの特定と緩和、権利侵害の是正について具体的に明記し、最高経営層の決裁と支持を得ることが重要であるとしている。また、方針は、事業に影響を受ける可能性のある先住民族に対して、その理解できる言語とアクセス可能な媒体により周知される必要があり、定期的な改訂のプロセスも定めるべきだとしている。

 

2)人権デュー・ディリジェンス

 

人権デュー・ディリジェンスでは、ビジネスと人権に関する指導原則18~21に則り、先住民族の権利に対する悪影響を特定し、防止し、緩和し、説明責任を果たすことが勧められている。具体的には:

 

  1. a) 先住民族の権利に対する実際的もしくは潜在的な悪影響を評価し(指導原則18)

b)評価の結論を全社的に取り入れ、適切な措置を取り(指導原則19)

c)対応の実効性を追跡評価し(指導原則20)

d) 実績の調査と対外的な報告を行うこと(指導原則21)が求められる。

 

影響評価に際しては、先住民族の伝統制度や意思決定方法、生活様式を尊重し、先住民族であるために被害を受けやすい点に配慮し、先住民族の代表者機関と協議しながら女性や社会的弱者を含む住民参加型で事業開始前に、プロジェクトの物理面だけでなく、社会・文化・精神面での影響を評価することが重要であるとしている。

 

全社的な統合と是正措置に関しては、人権への直接の悪影響を無くすか防ぐために必要な措置を取り、間接的に加担している場合は取引先に対して悪影響を無くすよう働きかけ、業界の慣行を変えるために影響力を発揮することが勧められている。問題のある取引先との関係は断ち切るか、関係を維持する場合は悪影響を軽減するよう取り組む。政府が先住民族の存在を認めていない場合も、それを言い訳とせず、先住民族の国際人権基準を適用すべきであるとしている。

 

実績の調査と報告に関しては、a)適切な定性的・定量的な指標を活用し、b)影響を受ける先住民族の反応を含め、内外の幅広い情報源から情報収集を行って現状把握に務めるべきだとしている。先住民族の男性だけでなく女性、高齢者、若者からも情報を収集することに努め、必要なら男女別に集計することも望ましい。人権への影響と是正措置について当該の先住民族に説明する際は、その識字能力、言語、文化に配慮した形にすることが望ましく、対面にて口頭で伝えるほうが手紙などで伝えるより丁寧と受け止められる場合がある。詳しくはGlobal Reporting Initiative(GRI)のサステナビリティレポーティングガイドラインを参照することを勧めている。

 

3)協議

 

開発事業で影響を受け(得)る先住民族との協議は、意思疎通と相互理解、相互尊重、誠実さ、合意に至るために話し合う誠意に特徴づけられる真の対話であるべきという。国際法上は、開発権を発行する政府が事前に先住民族と協議することが義務付けられているが、それが徹底されていない場合が多い。企業は、地元レベル、地域レベルなど、どのレベルで協議を行うべきかを事前に分析し、文化に配慮した協議に関するコミュニケーション戦略を立ててから、先住民族の代表機関との誠実な協議を開始すべきだという。先住民族の正当な代表者と、相互理解の成り立つ言葉と方法で、なるべくは対面で、本音で話し合えるよう配慮しながら対話を重ねる。政府などから任命された代表者や自称リーダーなどコミュニティーが認知していないリーダーを避け、住民に対する説明責任を取り続けることのできる正当な代表者を特定した上で交渉することが望ましいという。仲介者を通す場合は、その人が、先住民族から権限を移譲されていないのに勝手な決定を下すことがないように気をつける。また、慣習的な統治に配慮しつつも、女性や社会的弱者の意見も反映されるよう配慮する。先住民族がNGOや専門家を顧問として活用することも認めるべきである。プロジェクトを政治的に利用したり、支持を取り付けるために交渉相手を厚遇したりすることを避け、旅費を負担する場合も賄賂と看做され得ることに気をつける。コミュニティー内の合意形成に時間がかかることに配慮して、協議のために十分な時間の余裕をもたせる。協議は、同意を取り付けたら終了するのではなく、プロジェクト期間中、同意の確認を取り続けながら継続されるべきである。直接影響を受けるコミュニティーだけでなく、社会・文化・精神的な繋がりに配慮し、影響を受ける可能性のある全ての先住民族グループを協議に参画させるべきであるとしている。

 

4)自由で事前の十分な情報に基づいた同意(FPIC)

 

UNDRIPでは、先住民族の立ち退きと再定住(10条)、文化的、知的、宗教的もしくは精神的な財産の取得(11条)、先住民族に影響を及ぼし得る法規制や行政措置の策定と実施(19条)、先住民族の土地やテリトリーの占拠、利用、破壊等(28条)、危険物質の貯蔵や処分(29条)、資源の開発、利用、採取など(32条)に際して、先住民族の自由で事前の十分な情報に基づいた同意(FPIC)を得ることが義務付けられている。

FPICは、事業期間を通した継続的なプロセスであり、合意の不履行や情報の齟齬など特定の条件下では、撤回されることもある。「自由」であることは、強制、脅迫、撹乱、不当な影響や圧力がないことを意味する。例えば、事業に同意しないと公共サービスが減らされるとか、同意しなくても事業が実施されるという印象を与えることも違反行為となる。「事前」とは、人権基準上は、政府による事業許可の前を意味するが、少なくとも操業開始前に協議と合意形成のための十分な時間を置くことを意味する。「十分な情報」とは、事業の内容、規模、進行速度、可逆性、範囲および予想される社会・経済・文化・環境面の影響について先住民族の理解し、アクセスできる形で情報を提供することを意味する。「同意」とは、先住民族の正当な代表者との誠実な協議の上での正式な書面による操業許可を得ることを意味する。

 

5)是正措置

 

企業は、人権への悪影響を及ぼしたか、それに加担したことが明らかになった場合、苦情処理メカニズムや司法制度など正当なプロセスにより、是正措置を取るか、それに協力すべきとされる。国際法、国内法、地方条例もしくは先住民族の慣習法など、適用される基準によって、手続き上の権利や実質的な救済措置の内容に大きな差が生じることがあるが、国内法でそれが保障されていなくても、企業には人権を尊重する義務があり(指導原則11)、国内情勢により人権尊重が不可能な場合も、可能な限り人権を尊重し、その取り組みについて情報公開すべきである(指導原則23)とされている。

 

6)苦情処理メカニズム

 

企業は、 特に立場の弱い人々やその代弁者を含め 先住民族によってアクセス可能な、正当で、有効で、文化に配慮した、現場レベルの苦情処理メカニズムを確立するか、そのような既存の制度と協力すべきである。苦情処理メカニズムは、UNDRIP第27、28条、32条および40条に準じて当該先住民族コミュニティーとの対話に基づいて策定されるべきである。先住民族の伝統的な紛争解決、ガバナンスおよび意思決定制度、言語や感受性への配慮が求められる。慣習法に基づく和解は互いに満足な結果が持続する見込みが高い。住民が’認知し、信頼し、利用できることが鍵である。企業は苦情処理メカニズムについて正式な文書をまとめて広く配布し、苦情の提出方法に関する研修を行い、苦情の提出状況をモニタリングし、住民への経過報告を行い、制度の定期的な見直しを行うべきである。なるべく当事者の対話による解決を図るが、仲裁が必要な場合は、正当な独立した第三者機関を活用する。