資料室

土地法と先住民族の権利

マレーシア・サラワク州の土地法と先住民族の権利

長年、日本への熱帯木材の最大の供給地域として著しい森林破壊を経験してきたマレーシア・サラワク州では、森林資源が枯渇するのに伴い、アブラヤシ農園と人工林の造成が急ピッチで進められてきた。アブラヤシの植栽面積は2000年頃の30万ヘクタールから2012年には107万ヘクタール(1)に増えている。さらに植林事業権(LPF)が280万ヘクタール(2)に対して発行されており、2009年までに32万ヘクタールで植林が完了しているが、その面積の20%でもアブラヤシ農園開発が許可されている。サラワク州の国土1200万の一割以上がアブラヤシ農園のために区画されていることを意味する。

これらの土地は、誰も住んでいない荒地などではなく、多くはイバン人など先住民族が長年、暮らしてきた地域にある。住民の同意も適切な補償もなく強引に進められてきた農園開発により、住民との衝突が頻発し、数百件の民事訴訟が係争中である。(3)

先住民族の土地に対する慣習的な権利

サラワク州の土地法第5条2項では、1958年1月1日よりも前に以下の行為によって先住民族が慣習的に利用した土地には、先住民族の慣習的な権利(Native Customary Rights、略して先住慣習権・NCR)が認められてきた:
(a)原生林の伐採と占有
(b)果樹の植栽
(c)居住地や耕作地の開墾
(d)墓地や聖堂としての利用
(e)通行権のための利用
(f)他の合法的な方法

しかし、サラワク土地法5条3項では、大臣の指令により、官報、新聞および地区行政事務所の掲示板での公告をもって、この先住慣習権を抹消できるとしている。公告から60日以内に申請して慣習権を証明した者に対して補償金を支払うことになっているが、僻地にある多くのコミュニティーは、その公告を知る由もなく、ブルドーザーが侵入してきた時でしか土地権が抹消されたことを知術がない状態である。また、州政府は、住民が開墾した土地に対する慣習権をある程度、認めてきたが、狩猟・採集・漁労など(f)「他の合法的な方法で利用」されてきた原生林、または開墾後すでに十分な時間が経過し回復した二次林に対する慣習権は一切認めてこなかった。

アブラヤシ農園開発の法手続き

アブラヤシ農園開発事業には3タイプが存在する(4): 1)暫定的借地権 (Provisional Lease、略してPL) サラワク土地法28条に基づき土地調査局 (資源計画環境省)が企業に対して発行するもので、アブラヤシ農園開発で最も一般的な仕組み。 2)新構想制度(New Concept / Konsep Baru) サラワク土地法18A条に基づき、州政府公社である開発管理機構(LCDA)・民間企業・先住民族の3者により合弁会社を設立して農園を経営する制度(植栽済み面積約6万ヘクタール)。(5) 3)植林事業権(License for Planted Forest、略してLPF) サラワク森林条例65B条に基づき森林局 (資源計画環境省)が企業に割り当てた植林事業権区域内の20%にアブラヤシ植栽が許可される制度。 アブラヤシ農園開発のために暫定的借地権(PL)を与えられた企業は、測量を行って先住慣習地を除外するか、住民に補償金を支払ってから土地開発を実施することになっているが、その手続きが適切に行われないことが多く、住民の広い同意なしに村長が企業から金を受け取り、村が分断されるケースが後を絶たない。 新構想制度では、慣習地を提供した見返りとして先住民族は合弁会社の株式30%を保有し、毎年、配当金を受け取ることになっているが、合弁会社が財務諸表を公開せず、赤字経営を口実に配当金の支払いを渋り、トラブルになるケースが多い。

先住民族の裁判勝訴による判例

アブラヤシ農園開発などの影響を受けた先住民族は、人権弁護士の支援により多数の民事訴訟で勝訴し、最高裁でも重要な判例を勝ち取っているが、州政府は裁判所の判決に基づいた法改正や実施改善を行ってこなかった。

マレーシア半島部の先住民族オラン・アスリがダム建設で失った慣習地に対する賠償を求めた「アドン・クワウ氏 対 ジョホール州政府」の1998年の控訴審判決では、英国連邦の法体系に習うマレーシアにおいて先住民族の慣習的な土地に対する権利は、コモン・ロー(慣習法)の下で法的有効性を持ち、土地に対する用益権(usufructuary rights)とマレーシア憲法(第13条)で保障される占有権(proprietary rights)を成立させるとされた。(6)また、オラン・アスリがクアラルンプール空港への道路建設で強制収用された土地に対する賠償を求めた「サゴン・タシ 対 スランゴール州政府」の2005年の控訴審判決では、十分な補償を支払うことなしに慣習地を強制収用することはできないとされた。(7)

サラワク州でのボルネオ・パルプ・アンド・ペーパー(BPP)社によるアカシア植林に抵抗してルマ・ノル村のイバン人住民が同社と土地調査局を相手取った裁判の2001年の判決は、特に重要な判例を確立した。(8)つまり、先住慣習権は先住民族の文化・慣習法に基づく権利であり、制定法、行政もしくは裁判所の決定に依存せず、法律における明確で曖昧でない文言によってのみ抹消され得るとした。農地(イバン語でtemuda)だけでなく、狩猟採集に利用してきた原生林(pulau galau)を含むテリトリー(pemakai menoa)全体に対して先住慣習権が大昔から行使されてきたが、それが法律によって明確に抹消されたことはないため、現在も有効であると定めた。これらの法理はマデリ・サレー氏と土地調査局の間の訴訟で2007年の最高裁判決に支持された。(9)

こうした判例を根拠に、ミリ省スアイ川のカンポン・オゴス村やクチン省セリアン地区のカンポン・ルボル村などがアブラヤシ農園会社に勝訴し、アブラヤシの植えられた先住慣習地の一部を取り返して、農園の経営を始めている。しかし、カンポン・オゴスの住民は土地開発大臣ジェームス・マシンに新聞誌上で泥棒呼ばわりされ、(10)カンポン・ルボル住民はマレーシアパーム油庁(MPOB)によりパーム果房販売許可証を取り消されてしまった。(11)州政府は、最高裁の判例を受け入れようとせず、どの裁判でも控訴、上訴を繰り返している。特に「TR Sandah anak Tabau 対 サラワク森林局長」では、一審と控訴審で認められた原生林に対する先住慣習権について最高裁で争われている。(12)

サラワクのパーム油に伴うリスクと回避策

サラワク州でアブラヤシ農園開発に関わる企業の多くは、過去に木材産業で潤った大企業グループのリンブナン・ヒジャウ社、WTK、タ・アン、シンヤン(SOPB)など、サラワク州知事タイブ・マハムド氏と太いパイプを持った企業であり、これらの企業への暫定的借地権や植林事業権の割り当てには不透明な点が多い。(13)タイブ・マハムド一族が保有する31社に約20万ヘクタールのアブラヤシ農園の事業権が非常に安い値段で割り当てられたことも批判されている。(14)

今のところ、サラワク州からパーム油を直接輸入している日本の商社などはほとんどないようであるが、マレーシア半島部を本拠地とするIOI社とSime Darby社は、サラワク州にもアブラヤシ農園と製油所を持っており、そのパーム油が日本に入ってきている可能性がある。

特に先住民族と裁判している農園からのパーム油は違法性リスクが高く、調達を控えるべきである。少し古いがサラワク州における先住民族の土地権裁判のリストも入手可能であり、(15)同州のアブラヤシ農園の範囲や一部の企業名を示すオンライン・リソースもあるので、(16)住民とのトラブルが発生している農園を特定し、それらからの納入がないかどうかサプライヤーに問い合わせることは可能と思われる。

【出典】

(1)
http://bepi.mpob.gov.my/index.php/statistics/area/110-area/567-oil-palm-planted-area-dec-2012.html
(2)
http://www.forestry.sarawak.gov.my/modules/web/pages.php?mod=webpage&sub=page&id=1009&menu_id=0&sub_id=246
(3)
http://www.pro-regenwald.de/docs/sarawakncrlanddisputecases.pdf(PDF:46KB)
(4)
「サラワク州のパーム農園開発と森林減少」FOE Japan 三柴淳一氏 (セミナー:「熱帯林とCSR-パーム油産業の課題と対応」(2015/2/3)発表資料)
(5)
http://www.pelita.sarawak.gov.my/modules/web/pages.php?mod=webpage&sub=page&id=70&menu_id=0&sub_id=94
(6)
Adong bin Kuwau & Ors v Kerajaan Negeri Johor & Anor
(7)
Sagong Bin Tasi & Ors v Kerajaan Negeri Selangor & Ors
(8)
Nor Anak Nyawai & Ors v. Borneo Pulp Plantation Sdn Bhd & Ors
(9)
Madeli bin Salleh v Superintendent of Land & Surveys Miri Division and Government of Sarawak
(10)
http://www.freemalaysiatoday.com/category/nation/2011/08/13/penans-lodge-report-against-masing/
(11)
http://www.theborneopost.com/2014/08/19/kpg-lebor-serians-ncr-landowners-feel-discriminated/
(12)
http://www.newsarawaktribune.com/news/43442/Permakai-menoa-pulau-for-decision-of-Federal-Court/
(13)
「サラワク州のパーム農園開発と森林減少」FOE Japan 三柴淳一氏 (セミナー:「熱帯林とCSR-パーム油産業の課題と対応」(2015/2/3)発表資料)
(14)
http://www.stop-timber-corruption.org/campaign_update/?show=43
(15)
http://www.pro-regenwald.de/docs/sarawakncrlanddisputecases.pdf(PDF:46KB)
(16)
http://www.globalforestwatch.org/map/ および http://www.bmfmaps.ch/EN/composer/#maps/1001